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東京地方裁判所 昭和34年(レ)517号 判決

控訴人 小沢作二郎

右訴訟代理人弁護士 松野祐裔

被控訴人 荒川益太郎

右訴訟代理人弁護士 高橋義一郎

同 伊沢英造

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

控訴人が被控訴人に対し昭和二〇年中当時門柱と生垣を備えて住宅向きの構造であつた本件建物を賃貸したこと、被控訴人は昭和二四年頃から、控訴人主張のように玄関の土間に敷板を並べ木箱を置き側壁に板棚を設けて商品を陳列し、その左側三畳の間を板敷にして表通りに面する窓際に陳列ケースを置き駄菓子、玩具類の小売営業を行つていること、控訴人は、右事実をもつて被控訴人が賃貸借契約証に違背し無断で改造又は改装したものとして、昭和三二年七月一八日付翌一九日到達の内容証明郵便で被控訴人に対し二〇日以内に原状に回復し居住のためにのみ使用するようとの催告及びこれに応じないときは賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

そこで控訴人が右契約解除の理由として主張する改造又は改装の状況につき検討する。

前掲争いのない事実と、原審における被控訴人尋問の結果並びに原審における検証の結果を綜合すれば、本件建物は、西武新宿線都立家政駅の南方徒歩二、三分の通称家政銀座通りに面し、現在附近一帯商店である商店街に位置し、賃貸当時は道路に面して門柱二本があり門柱と玄関土間の表敷居との間約三尺位に両側に生垣があつたが門柱は腐り、生垣は枯れて跡を残されないため、玄関の土間及び向つて左側の三畳の間は直接道路に面していること、右玄関は被控訴人が土間の中央に踏み板二枚を置きその両側と入口外側のコンクリート敷の上に木箱を並べて商品を陳列し、天井からも商品を吊下げているが、土間のコンクリート敷、上りかまちの板敷、天井板等には賃借人において何らの変更を加えた形跡がないこと、玄関土間の南北両側の漆喰の壁に沿、三段及び四段の板棚を柱に取り付けて設けてあるが、その取り付けは軽金属製又は三角の板片を棚受としこれを釘で柱に打ちつけて棚を支えているので、格別柱又は壁を損傷することなく容易に棚を取り外しできる状態にあること、玄関入口のガラス入り格子戸二枚は昼間取り外して側方に格納してあるが夜間は立て付けていること、次に玄関左隣り三畳の室は、賃貸当時畳敷であつたが、昭和三一年頃畳が腐つたため控訴人がこれを撤去し敷居と同じ高さの板張り(一部揚げ板敷)とし、北側の壁に沿い柱に取り付けた五段の板棚、南側の壁面に細い横木を渡したもの及び道路に面する窓の下枠に沿つて設けた、幅一尺の板棚にいずれも商品を陳列又は保存して、同室の一部を営業に使用しているが、板の間の他の部分には和ダンス及び洋ダンス各一棹を置き居住のためにも使用していること、右棚等は前記玄関の棚と同様容易に取り外しできるものであること及び陳列の商品はいずれも子供相手の駄菓子玩具類の小額小規模のもので客は建物の内部に立ち入つていないことがそれぞれ認められ、その他に被控訴人において本件建物の構成部分自体に手を加え、これを改変した個所のあることを認むべき証拠はない。

右認定事実によれば本件建物の道路に面する部分の外観の変貌は門、生垣の腐朽と棚の取付及び物の設置の結果であつていわゆる改造と見られるべき状態ではなく、被控訴人が特に作為的に建物の所有者に損害を加える目的をもつて、建物の構成部分を毀損しもしくは変更した個所は存在しないから、被控訴人において控訴人の主張するような賃借物の保管義務に違背した改造もしくは改装又は賃貸借終了の場合における原状回復義務の履行を不可能ならしめるような建物の改変をなしたものとはいい得ない。

もつとも被控訴人が前記のように棚に設置したのは建物が住居用として使用される場合に予想される棚を遙に越えるものであつて当初の住居用としての使用目的に反し柱が損傷されたと認められないではない。

しかしながら当事者が当初棚の設置による建物の損傷を避けるためにこの点について別段の意思表示をなし又は特に高価な柱を多数の釘穴で損傷するなど特段の事情のない限り、棚を支えるための釘穴による柱の損傷はこれによつて柱の耐用年数を短縮するものと認められない本件においては善良な管理者の注意義務に違反するものとして、契約解除の原因たる背信行為と認めるに足りないところである。

なお三畳の室の畳敷を板張にしたことは前記のようなやむを得ない経緯によるものである以上、賃借人の責に帰すべからざる事由にもとずくものであつて契約に違反する背信行為とはいい難い。

従つて控訴人の無断改造又は改装の事実自体を理由とする賃貸借の解除は不適法のものというべきである。

次に控訴人は、賃貸当時住宅であつた建物を店舗として使用することは契約又は目的物の性質により定まる用方に反する使用方法であると主張する。

しかし賃貸当時使用目的を住宅に限る旨合意したとの点については、原審における控訴本人尋問の結果中この旨に副う部分は原審における被控訴本人尋問の結果に徴し措信し得ず、他にこの事実を認むべき証拠はない。

もつとも前記認定事実によれば本件建物は賃貸借契約当時道路に面する部分は店舗向の構造でなく、住居用の外観であつたことが明らかであるから、別段の意思表示のなされなかつた本件では住居用として賃貸借がなされたものと推認すべきである。

ところで住居用として賃貸された建物の一部を賃借人が店舗として使用することは契約に違反するものと一応いい得るようであるけれども、契約の実態によつて更に検討すべきであつて、特に使用目的について別段の意思表示のなされない限り、建物自体の構造を変更しまたは建物を損傷するような改装をしたり原状回復を困難にするような付加物を設置したり、その他使用の態様によつて賃貸人に損害を与え又は与えるおそれがある場合の外は賃貸人は建物の一部を店舗として使用することを許さない意思ではなかつたものと認めるのが相当である。仮にそうでなくても右のように賃貸人側において店舗として使用されても別段の損害を受けたり又は受けるおそれのない場合には店舗として使用されることは経済的に格別の不利益を受けるわけでもなく、また契約を存続し難い背信行為であるともいえないから、かかる行為を理由として契約解除の挙に出るのは正当な権利行使と認め難いところである。本件において被控訴人が建物の一部を店舗として使用することは前記認定のように建物を損傷せず又は損傷するおそれのない程度に棚を設置しケースを置いて商品を陳列する小規模のもので建物の内部には客の立入を許していないからかかる程度による店舗としての使用は契約上の使用目的に反するものとはいえないし、仮にそうでなくとも契約上の信義に反する使用というに足りないところである。

このような次第であるから、控訴人のした契約解除はその効果を生じないものであつて、控訴人と被控訴人の間の賃貸借契約は依然存続しているものといわなくてはならない。従つて賃貸借の終了を前提とする控訴人の本訴請求は失当であり、これを排斥した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないので、これを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条及び第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西川美数 佐藤恒雄 野田宏)

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